【渡辺酒造店】Cody’s dream

2017/09/08 [中部地方][岐阜県]
コラムニスト: 渡辺酒造店・ダリルコディ

渡辺酒造店の蔵人ブレイズフォード・ダリルコディです。
私の夢は、アメリカ人である私が岐阜県飛騨市の小さな酒蔵で醸した日本酒をアメリカ合衆国大統領に召し上がって頂くことです。
これは、日本の地方で酒造りに勤しむ多くの蔵人の矜持を取り戻すとともに、日本酒を世界に発信する機会を戴くことでもあります。

私は、アメリカ合衆国ユタ州ロッキー山脈の麓町にて生まれ、四季を通じて自然豊かな中でアウトドアに没頭して育ちました。
やがてプリガム・ヤング大学にてアメリカンフットボールの奨学金を得て全米大学チャンピオンチームの選手としてプロを目指しておりましたが、怪我のためその夢を断念するに至りました。

生きる目的を失った私はたまたま大学の図書館で知った、東洋の国日本の文化・伝統・に興味を持ち日本語の勉強を始めました。
その場で出会った飛騨高山出身の女性と恋に落ち、卒業後に結婚、その後5年間は大学にて働いておりました。
しかし、妻は東テキサスの保守的な風土に馴染めませんでした。

家庭崩壊寸前に決断したのは、幼子二人を連れ妻の実家である飛騨高山へ移住することでした。
ある時、高山市内の居酒屋にて日本酒を嗜んでおりました折、フルーティな味がしてカクテルとも思えるお酒に出会ったのです。
それは、高山の隣町「飛騨古川」にある酒蔵で造られているとのことでした。
なぜ、これ迄に味わった日本酒とは違ってフルーティなの?
そして透き通るような味なのに、この芳醇さは?
外国人である私を感銘させる飲み易さは?
怪我による青春の挫折、そして結婚により異国での生活をはじめていた私の心の中で、新たな情熱の炎が燃え始めたのです。
日本の食生活の代表の一端を担う日本酒を勉強しよう!
幸い私を感動させた創業1870年の醸造場である「渡辺酒造店」への入社が叶い、無我夢中で修行した年月は10年の刻が過ぎようとしております。

この間、文化・生活様式の違い・慣れない言葉の壁は勿論のこと、日本酒醸造においても、酷寒の中での仕込み・温度・湿度管理など、経験でしか身に付かない伝統技法と職人技が必要な中で何度か挫折感に苛まされることもございました。
しかしその都度、飛騨の風土・人情を始め、渡辺酒造店社長・スタッフ・地域の方々は勿論のこと、特にお酒造りの伝統技能を持たれる杜氏さんには格段のご指導をいただいてきました。

おかげさまで、今ではこれまでの世界とは異なる神聖な日本酒づくりの世界に浸かっている自分を感じております。
私の夢は、アメリカ人である私と飛騨の蔵人が誇りをもち、手塩にかけた日本酒を世界の皆様、なにより私のふるさとであるアメリカの皆様にお召し上がりいただき、日本酒の底深い文化と伝統を知っていただくことでした。

そして今!その夢を実現すべく、渡辺酒造店の理解と指導を得て10年の節目にアメリカ人である私が初めてリーダーとなって醸した日本酒「コディーズサケ(Cody‘s Sake)」が誕生いたしました。すでに今年から米国8州30店舗で取り扱いが開始されており、7月には国土交通大臣石井啓一様が視察でお越しいただいております。
叶うのであれば来年予定されておりますトランプ大統領来日の際、日本と米国の友情・友好の証として、私が日本の酒造り文化を継承して醸した「コディーズサケ(Cody‘s Sake)」で乾杯して戴ければと切望しております。これにより米国で日本酒がより親しまれ広がることを心より願っています。

Darryl Cody Brailsford,(ブレイズフォード・ダリルコディ)
〒509-4234 岐阜県飛騨市古川町壱之町7-7
有限会社渡辺酒造店
http://www.watanabeshuzouten.com/