【櫻正宗】灘五郷の発展の歴史と密接に関係し、清酒を醸し続けて約400年。

2017/11/07 [全国][近畿地方]
コラムニスト: 櫻正宗


もともと日本酒は、全国各地で地産地消の形で造られていました。江戸時代に300年ほど平穏な幕藩体制が続いた間に、江戸の人口は百万人を超え、そこで飲まれる膨大な酒の供給が求められるようになりました。江戸への酒の供給地として、現在の兵庫県の灘が一大酒産地として大きく成長を遂げます。関西は奈良時代から蓄積された酒造りの技術が根付いていた上に、冬の寒気が厳しく酒造りに適した気候を有している地域でもありました。さらに、1840年には酒造りに適した「宮水」と呼ばれる硬水が発見されます。また、経済の中心地の大坂にも近く、ここから江戸まで酒を運ぶための樽廻船とよばれる専用船を使った航路が設定され、大量輸送も可能になりました。江戸の陸揚拠点であった新川には酒問屋街が形成され、東日本における酒流通の一大拠点となります。同時に、灘は大都市江戸の住民の嗜好に合った酒造りにより発展を遂げ、日本を代表する大酒産地として成長します。この結果、江戸の町には年間を通して潤沢に日本酒が供給され、庶民に至るまでいつでも日本酒を飲めるようになりました。

櫻正宗はこの兵庫県・灘五郷の魚崎郷に位置する、創醸1625年、創業1717年の蔵元です。清酒を醸し続けて約400年。鉄分を含まず、酒造りに必要な塩分と硬度を持ち、リンやカリウムを多量に含有している「宮水」の発見蔵、「正宗」の元祖、水車精米により全面的に高精白米仕込みを行った高精白の先駆者、協会一号酵母発祥蔵(1904年に政府が官立醸造試験所を設立し、安全醸造と酒質向上のため優良酵母の検索を行った結果、櫻正宗酵母が最も優れているとされ、「協会一号酵母」として全国に頒布された)。長い歴史の中で数々の出来事がありましたが、そのいずれもが灘五郷の発展の歴史と密接に関係しています。

現在神戸市から西宮市の沿岸15キロの間にある5つの郷(西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷)に総計27社が操業しており、各社の創意工夫により、全国の日本酒の約3分の1を生産する酒どころとして発展しています。記念館や博物館、資料館、レストランを併設している蔵も多く、随時様々なイベントも開催もされており、国内外問わず多くの観光客が訪れ、賑わっています。

参考文献:日本酒と日本文化(日本酒造組合中央会)

櫻正宗株式会社:http://www.sakuramasamune.co.jp/index.html